2019年月報8月号巻頭言「礼拝を考える」吉岡恵生

「これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です」。(ローマの信徒への手紙12章1節)

私たちの信仰生活の中心は礼拝です。礼拝とは、英語でWorshipと言いますが、これは「価値あるもの」という意味を持つ言葉です。つまり、礼拝とは、私たちが生きる上で何を価値あるものと考えるのかという問いと向き合う場であるということです。

聖書には、旧約聖書の時代から、人が礼拝をしてきたことが伝えられていますが、そのスタイルや礼拝の空間というものは、時代と共に様々な改革を経て新しくされてきました。人が生きる上で、何を価値あるものと考えるのか。その問いにより深く向き合うために、最も良い礼拝とはどのようなものなのか。そのことを、多くの人々が考え、創意工夫してきたのです。

私たちが生きる現代だけをみても、礼拝は様々な変化を遂げています。讃美歌のジャンルも変化し、それまで主流であったオルガンがリードする礼拝から、バンドがリードする現代的な礼拝へと、賛美スタイルを変える教会も多くなってきました。また、礼拝堂の空間も、縦長で、会衆から説教者までの距離が遠かったものを横長にし、さらに、数段高いところにあった講壇を会衆と同じレベルに置くなど、より会衆と説教者との距離を縮める試みがなされるようになってきました。さらには、伝統的な長椅子を撤去し、シングルチェアを導入することで、礼拝に応じて椅子のセッティングを変更するなど、より多様な礼拝形式に対応できるようにする礼拝堂も増えてきました。

私たちの教会も、そのような時代の流れの中で、いよいよ礼拝堂改革に乗り出しました。上述したように、長椅子を撤去し、シングルチェアを入れることで、集会に合わせた椅子のセッティングができるようになります。また、横長でも縦長でも、必要に応じて礼拝堂の形式を変更できるようになります。この礼拝堂改革はすべて、私たちの礼拝をより豊かに、そしてより意味深いものとするために行われる改革です。

私たちの人生において、価値あるものとは何か。それは神の存在であり、神の御言葉に生かされる生活です。新たな礼拝堂が備えられた恵みを感謝し、この柔軟性に優れた新たな礼拝堂で、より意味深い礼拝をささげていくために、私たちがなすべき礼拝の形を共に考えていきたいと思います。

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